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結婚式の歴史について

日本における結婚式の起源は、「古事記」に登場するイザナギとイザナミの結婚とされています。イザナギとイザナミが結婚して日本という国を作り、たくさんの神々を誕生させたという神話が、日本の結婚式の始まりです。

この話は、日本の結婚を探る上で重要な言い伝えではありますが、あくまでも神話という位置づけ。本当にあったことなのかどうかは誰にも分からず、また科学的に検証すべき対象にもならないでしょう。

このページでは、神話の後に実際に行われていた日本の結婚式について、その始まりから現代までの歴史を確認してみたいと思います。

結婚式の歴史

結婚式の始まりは奈良時代までさかのぼる

神話ではなく、実際に行われていた結婚式という風習をひも解いてみると、その起源は奈良時代にあるとされています。

当時、結婚を約束した男女の間において、男性が女性のもとに3日間通うという風習がありました。この際、3日目に女性の家族から「三日目餅」と呼ばれる餅を振舞われることになっていましたが、この餅の振舞い(儀式)こそが日本の結婚式の起源とされています。男性が女性の家にとつぐ形で結婚が成立していたことから、現代でいう「婿入り」が当時の結婚のスタイルとして主流でした。男性家系よりも女性家系のほうが大事と考えられていた時代、と言っても良いでしょう。

もともと「三日目餅」は農民の間で始まった儀式でしたが、やがて貴族などの間でも「三日目餅」が流行。その風習は平安時代まで続いたと伝えられています。

鎌倉時代に入ると、武家が権力を持ち始めた背景もあり、結婚においては男性家系を中心に考える風習へと変化。やがて平安時代までとは逆に、女性が男性の家にとつぐ「嫁入り」が主流となっていきました。

ちなみに鎌倉時代には一夫多妻制が認められていた時代で、1人の男性が3人までの女性を妻にすることが可能でした。

室町時代から「家と家を結びつける政略結婚」が登場

室町時代から安土桃山時代にかけて、結婚は「家と家を結びつける政略結婚」という側面が強くなりました。戦国時代という乱世ゆえ、そのような考え方が醸成されたのでしょう。

当時、結婚式の当日には、女性は輿に乗って男性の家に向かい、輿から降りて盃に酒を三度注ぐ「式三献」を実施。女性が酒に口をつけた後、男性が酒を飲み干すという儀式が執り行われました。この儀式は、現代でも「三々九度」という形で受け継がれています。

「式三献」の後、女性は白装束で2日間を過ごし、3日目に色の入った衣装に着替える「色直し」を行いました。この「色直し」の後、初めて女性は男性の家族と対面できる流れとなります。

なお、現代の披露宴で行われる「お色直し」は、この時代の「色直し」に由来すると言われています。

江戸時代には「仲人制度による見合い結婚」が主流に

結婚は家と家を結ぶもの、という室町時代以降の考え方は、江戸時代に入りより強く定着。本人同士の意志で結婚する事例が減り、結婚相手は親が決めることが当然の時代となっていきました。

親が結婚相手を決めるとは言っても、実際には男女の間を取り持つ仲人が相手を探しました。仲人がお見合いの席をセッティングして両家を引き合わせ、両家が納得すれば、結納の儀式を執り行うという流れでした。

結納の当日は、新郎新婦それぞれの家に親族が集まり、料理が振舞われました。日が暮れる時間までそれぞれの家で料理を楽しんだ後、新婦が新郎の家へと出向きます。新郎の家では白絹を敷き、新婦を迎えて祝言の儀式(結婚式)を執り行いました。

なお、仲人・お見合い・結納などの風習は、現代でも消滅したわけではありません。ネット上でよく見る婚活サイトなどは、仲人制度の進化版とも言えるのではないでしょうか。

明治時代から自宅以外での結婚式が主流に

明治時代、当時の皇族が日比谷大神宮(元・大東京神社)で結婚式を実施。これがきっかけとなり、以後は新郎の自宅ではなく、神社で結婚式を執り行う事例が多くなっていきました(神前式)。やがて大正時代や昭和初期には、この神前式スタイルが結婚式の主流となっていきます。

戦時中や終戦後にかけ、結婚式そのものが影をひそめる形になったものの、高度経済成長とともに、全国各地で結婚式が復活。当時人気だった芸能人がホテルで華やかな結婚披露宴を開催したことも手伝い、一般庶民の間でもホテルなどを利用した大がかりな結婚式が行われるようになりました。

このころから結婚式は、親族だけで行う儀式的なものではなく、多くの友人や同僚なども招くイベント的なものへと変化。日本の随所で、ゲストの人数をやウェディングケーキの大きさを競うような結婚式が多々見られました。

多様化した現代の結婚式

高度経済成長が終焉を迎え、やがてバブルが崩壊。その後、しばらくの間は以前のような大イベントのような結婚式が主流でしたが、バブルが崩壊して10年ほど経ったころから、結婚する当人同士や親の財布事情も背景に、徐々に地味なスタイルでの結婚が登場。親族だけを招いて小ぢんまりとした結婚式を行うカップルや、ウェディングドレスやタキシードを借りて記念写真だけを残しておくカップル、何も執り行わずに入籍だけするカップルなどが多く見られるようになりました。

それら地味な結婚式は令和の現代でも行われていますが、一方でホテルの大会場を借りた大がかりな結婚式や荘厳なチャペルを利用した教会式なども、依然として行われています。また、結婚式専用のゲストハウスやフレンチレストランなどを利用した人前式など、さまざまな結婚式のスタイルも誕生。ふたりらしい「個性」を表現する結婚式が、現代の主流になってきた感があります。

結婚式の歴史のまとめ

結婚式の歴史を振り返ってみるに、結婚式には各時代の価値観が色濃く反映していることが分かります。

女性の家系を大切にした時代、男性の家系を大切にした時代、家と家との結婚と考えられていた時代、華やかでゴージャスな結婚式が良いとされていた時代、そして、カップルの個性を大切にした現代の結婚式。どのようなスタイルの結婚式が正解ということはありませんが、新郎新婦にとって一生に一度の大事なイベントであることは、今も昔も変わりません。

後悔のない結婚式を執り行うため、十分な時間を取ってしっかりと結婚式の準備を進めていきたいものです。

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